雨のなか
 傘もささずに立っている
 君の頬から
 零れ落ちる雫が
 熱い、熱い涙であることを
 僕は知っているんだ

 今 君の瞳には
 何が映っているだろう
 それが僕であったらいいのにと
 思ってしまうのは罪だろうか



  ひ と み



古都莉               .



 季節は梅雨入り前。
 晴れたり降ったりと不安定な天気が続いていた。
 じっとりと湿った空気が校内に充満し、生徒たちの気力を削いでいく。
 そんな気怠い空気を嫌いかのように、たまじは連日保健室に通っていた。
 つまらない雨の日でも、大好きなはやてのところにいるほうが何倍も楽しく過ごすことができる。
 とてとてと廊下を歩きながら、たまじはふと、窓に目を向けた。
 今日もまた、しとしとと細かい雨が降り、窓硝子を濡らしていく。
 どんよりと分厚い雲が空全体を覆い隠し、頭を押さえ付けるかのように重くのしかかってきている。何とも息苦しい光景だ。
 たまの雨の日も悪くないが、こう何日も続くとうんざりする。
 窓から目を背けて一つため息を吐くと、たまじは保健室の戸をカラリと開けた。
「はやて」
「おう」
 眺めていた書類から顔を上げて、はやては笑顔で迎えてくれる。
 言葉は端的だが、どこか優しい声色がたまじを落ち着かせた。
 それでも何故だか気分がのらない。
 たまじはいつもの定位置であるはやての膝上を素通りして、ベッドの上にちょこんと腰掛けた。
 保健室にも当然窓があり、そこから見える景色もまた、灰色の雲と雨粒。
 ため息混じりにたまじはポツリと呟いた。
「雨、止まないね……」
「そうだな」
 そう答えてはやては席を立ち、たまじに近寄って頭をやんわりと撫でた。
「今日はご機嫌斜めだな」
「そうじゃないけど……」
 機嫌が悪いわけではない。ただ、いつものように走り回ったり笑い合ったり気にはなれないだけだ。
 この時期になるといつもそうだった。
 気持ちがずっしりと重くなってしまう。
 心の奥が、とても痛くなる……。
「雨なんか、大嫌い……」
 となりに座るはやてにもたれかかりながら、たまじはぼうっと窓の外を眺めていた。
 冷たく湿った空気が嫌い。
 耳につく雨音が嫌い。
 体の奥にまで染み渡ってくる、氷のような雨粒が嫌い。
 瞳を閉じてしまったら、すべてが暗い闇の底に沈んでしまう様で恐かった。
 そんなことを考えているうちに、瞼が何だか重たくなってきてしまった。
 となりで感じる確かな温もりが、たまじを夢の国へと誘っているのだ。
 こくりこくりと頭が揺れだしたと思った時、ぽんと、頭のうえに手の平が乗る感触がした。
 次いで、声がする。
「たまじ。外、見てみな」
「んぁ……?」
 目を開けると、たまじあはやての膝の上に頭を乗せて横になっていた。
 少し瞼を閉じただけのつもりだったのに、眠ってしまったらしい。
 寝呆け眼でたまじははやてを見上げた。目の前には、にっこりと微笑む大好きな人。何事かと思いながらもはやてに促される形で、たまじは窓の外を見た。
「あれ……雨、止んでる……?」
 灰色の雲の隙間から、青い空が顔を覗かせている。
 窓を勢い良く開けて、たまじは身を乗り出す。そこかしこに残る雫が、きらきらと輝いている様がとても綺麗だ。
「あ、虹だぁ……!」
 校舎の間、ぽっかり空いた空間に、七色の大きな光のアーチが架かっていた。
 まるで、今までの不安など吹き飛んでしまうくらいの、大きな大きな虹。
「運がいいな。こんなでかいの、そう簡単には見られない」
 窓枠に手をついて、はやても空を見上げる。
 さっきまでのどんよりとした気持ちが嘘のよう。
 きらきらと瞳を輝かせ、たまじは空を、大きな虹を見上げていた。


 同じ頃。
 やすしは生徒会室でハルの膝上に座りながら窓の外を見ていた。
「ハル……もう雨止んでるよ……?」
 残念ながら生徒会室からでは虹は見えなかった。虹は反対側に出ているのだ。
 しかし、雲の隙間から差し込む光はとても幻想的で美しい。
「ああ、そうだな」
 あまり興味がないとでもいうように目を閉じて、ハルは膝上の暖かい感触を満喫していた。
 かなり恥ずかしい格好なので、誰かに見られでもしたら、とやすしはやきもきする。
「そろそろ……帰ろ?」
 そう促しても耳元近くで低く、甘く、
「――もう少しだけ、このまま……」
 と囁くように言われては動こうにも動けない。
 やすしはため息を吐きながらもう一度、窓の外を見る。
 どこまでも澄んだ青い空を、悠々と流れる白い雲が目に眩しかった――――。

 


 瞳の前に映るのは

 大好きな君と大きな世界

 瞳の奥に映るのは

 きらきらと輝く 果てない未来