空が何処までも遠いように
 君はいつも優しすぎる
 言葉なんて足りないままでいい
 このまま
 手を離さないでいて



  指先が冷たくなるまで



古都莉               .



 終業の鐘が鳴る。ざわざわと騒がしくなった教室で、生徒達はさっさと帰り支度を整える。最近は暗くなるのが早いので、教師達が早く帰るよう指導している所為もあるのだろう。慌しく駆けていく級友達を見ながらやすしは大きく一つ、伸びをした。
「やすし、一緒に帰ろう」
 友人の一人であるたまじが、にっこりと笑って駆け寄ってきた。男であるのに可愛らしい笑顔は健在だ。
 やすしはこの一風変わった友人を好ましく思っている。何にも染まらぬ純真さはきっと幾つになっても変わることはないと、そう思っていた。そんな彼が、羨ましくなる時もあったのだ。
 やすしは少し寝惚けた頭を振り、少し考える。確か今日はハルが生徒会で遅くなるから先に帰っていていい、そう言っていたはずだ。このままたまじと帰っても良いのだが……。
「ん……ハル待ってるから、先に帰って」
 たまじはきょとんとした顔でやすしに尋ねる。
「一緒に待っていようか?」
 自称たまじの保護者(被保護者?)のはやては、独占欲が強い。ここでたまじを引き止めては煩いことになる。やすしは丁重にたまじの申し出を断ることにした。
「平気。早く行かないとはやてがぐずるぞ、たまじ」
 それでもまだ躊躇いがちにたまじは何か言おうとしたが、戸口に噂の保護者が現れたために苦笑いを浮かべながらやすしに手を振った。
「それじゃあ、またね」
「またな」
 たまじを見送ってから、やすしは教室を出て、図書室へと向かう。大抵はここでハルを待っているので、今日もそうすれば良いと思ったのだ。
「なんで開いてないんだろう……」
 図書室の扉には、蔵書整理のため閉館、と書かれた張り紙があった。
 図書室には入れないのでは仕方ない。やすしはしぶしぶながらも教室に戻った。
 しかし――――。
「もうじき日が暮れる。早く帰りなさい」
 冬でも半袖体育会系教師に背を押される形で教室を追い出されてしまった。こんな寒空の中、校外に放り出すなぞとんでもない教師だ。そう毒づきながらやすしは校門に立ち、ハルを待った。 冷たい風か、吹き荒ぶ。まだ秋とはいえ、恐ろしく寒い。風にさらされた街路樹の葉が、かさかさと音を立てる。音を立てた端からはらり、はらりと歩道に落ちていく様が秋から冬に移り変わろうとする季節の境を感じさせた。
「さむ……」
 辺りはしだいに暗くなり、本格的に冷え込んでくる。吐く息も白く、耳がじんじんしてきた。立っていると余計に寒くなりそうで、やすしはしゃがみ込み、ただ車道を見つめていた。


「やすし……?」
 名を呼ばれ、ふと顔を上げると、そこには驚いた顔をしたハルが立っていた。
「ハル……」
「……帰っていいって言ったろう?」
 心配そうに、頭を撫でてくれるハルの手が、やすしは好きだった。
「いいんだ。待っていたかったから」
 やすしの小さな手を取り、ハルは申し訳なさそうに呟いた。
「遅くなって、悪かった……。手、冷たくなってるな」
 ハルを心配させたくなくて。
 やすしは手を擦り抜けて、へへ、と笑う。
「大丈夫。このくらい、平気だよ」
 そのまま駆けていこうとした時、ハルの手が、やすしを捕らえた。
「ハル……?」
 不思議そうに見上げると、ハルは少し顔を赤くしてやすしの小さな手をぎゅっと握った。
「こうしていれば、寒くないだろ」
「……うん」
 先程まであんなに冷たかった手が、今では心地よいまでに温かかった――――。



 指先が冷たくなるまで
 君をずっと待っているから
 温かいその大きな手で
 ぎゅっと包み込んで

 このまま
 手を離さないでいて




この話、かなりお気に入り。