タイガ、たまじと初めて会う

子猫が生まれた。
母親のミルクをほしがって、合唱する子猫たち。
だが、母親の体はどんどん冷たく固くなり動かない。
高齢の出産ということもあり、難産のため、母猫は死んでしまったのだ。
それでもなお、子猫は母猫を求めて震える足で這っていく。
そんな様子を見て、タイガは後に残された者の責任として、この子猫を守っていこうと決めた。
何より、大好きだった母親に先立たれて、タイガ自身寂しくて仕方がなかったのだ。支えがなければ 生きていけないぐらい、まだタイガは幼かった。
子猫の中に1匹だけ、毛色の真っ白い子猫がいた。それは雪のように真っ白で、母猫を思い出させる。
タイガにはそれがとてもうれしくて、何度も何度も毛づくろいをしてやる。
「今日から俺が守ってやるからな」
たとえ言葉がわからなくても、そう伝えてやる。
特別に可愛がっていたせいか、その白猫はタイガによくなついた。
まだはっきり目が見えてるわけではないだろうが、タイガの行くところを一生懸命に跳ねてついていく。

ほかの子猫がお腹を満腹にさせて眠っている間、タイガと白猫は縁側へと歩いていた。
白猫に外の世界を見せてあげたかったのだ。
さんさんと照らす日差しの中、白猫は呆けたように生まれてはじめて見る外の世界に見とれていた。
まだはっきりと輪郭はつかめないが、様々な色に溢れていることはわかる。
白猫は自分の中から溢れ出してくる気持ちをどう伝えていいのかわからず、ただ 飛び跳ねて喜びを表すことしかできなかった。それでもタイガには白猫が喜んでくれていることがわかって、目を細める。
「お前にもっとすごいの見せてやるからな」
ちょっと待ってろよ、と言い置いて、タイガはさっと庭を降りて 駆け出していく。あっという間に姿が見えなくなってしまった。白猫は慌てて後を追お うとしたが、高すぎてとても縁側を降りることはできない。しばらくうろうろしていた が、それにも疲れてその場で倒れこむような形で眠ってしまった。暖かい日差しがより一層眠気を誘ったのだろう。

「あいつこれ見たらきっとびっくりするぞ」
タイガは口にまだ生きているカマキリをくわえて いた。練習して、やっとできるようになった狩りの成果だ。
白猫に早く見せてあげたくてタイガは早足で家に戻る。
自分以外の生き物に対してどう反応するのか楽しみにしてい た。まだ早いかもしれないが、狩りの方法を教えてあげるのもいい。母猫が死ん でしまったことは確かに悲しいが、自然の摂理の中では仕方のないことだと理解 している。それに、母猫は自分に兄弟を残してくれた。タイガはこれからの生活を思い描く。 きっと楽しいものになるにちがいない。
縁側に上がったとき、そこに白猫の姿はなかった。カマキリをくわえているので、声を上げて呼ぶことはできない。
『兄弟のところに戻ったのかな?』
そう思って、みんなのところへ行ってみる。だが、そこにも姿は見え なかった。それどころか、ほかの兄弟たちの姿も見えない。タイガはと たんに嫌な予感に襲われた。母猫が死んでしまった時にも感じたその予感に、背中の毛が 逆立つ。すでにカマキリは捨て去り、家中をくまなく見て回る。だがどこにも姿は見えない。
呼んでみても返事はない。
そのうち、飼い主であるリュウヘイが帰ってきた。いつの間に雨が降り出したのか、玄関先で肩の 雫を払っている。リュウヘイの、どこか疲れた様子にタイガの予感は確信に変わる。
兄弟たちは捨てられてしまったのだ。
そう自覚したとたん、タイガは無我夢中で駆け出していた。夕立は、さらに雨脚を強めている。

タイガにも外との付き合いがある。その中で、飼い主に捨てられて野良 猫になっている者もいる。話を聞けば、ほかに兄弟が生まれて、貰い手が見つからなく て捨てられたといっていた。だが、特に悲観しているわけでもなく今となっては笑い話、と いう風にカラカラと話していた。タイガもどこか他人事のようにその話を聞いていた。
まさか自分がその当事者になるとは夢にも思わなかった。タイガの友達は運良く生きてこれ たと自慢していたが、この雨の中、幼い兄弟たちは生きていられるのかわからない。もしかした ら誰かにもらわれる前に死んでしまうかもしれない。母親のように。タイガにはそれがつらくて仕方がなかった。

どこをどう走ったかもわからない。気がつくとダンボールの前に立ち尽くしていた。
その中で、見慣れた兄弟たちが雨に打たれてぴくりとも動かずにいた。入り込んだ雨に浸 ってしまっているものもいる。一声投げかけてみるが、返ってくる声はない。
不思議と、涙は出てこなかった。自分の中のどこかで、これは仕方がないことだ、と 無理に理解しようとしてる。
タイガだけが特別じゃない。捨てられてしまった者や、兄弟を捨てられた者、病気や事 故で亡くしてしまった者もたくさんいる。タイガの周りではそれが日常なのだ。
だけど、虚無感は拭い去れない。
タイガは最後に兄弟一匹一匹にキスをして回る。まだ名前さえ無かった兄弟たちにさよならを告げる。
そこでやっと、1匹足りないことに気づく。
タイガが1番に可愛がっていたあの白猫だ。
ダンボールはとても子猫が超えられる高さじゃない。だとすると・・・
タイガの心の中で、ポッと明かりが灯った。知らずに涙があふれてくる。
母親が死んだときには泣けなかった。兄弟たちが死んだときも泣けなかった。だけど、希望の光が灯っ たとたん涙が溢れ出してきた。タイガはここで、はじめて泣くことができた。

家に帰ると、リュウヘイは無言でタイガを抱き上げ、濡れた体をぬぐってやった。
いつもはあまり構うことをしないリュウヘイだが、やさしくタオルで包み込む。タイガ も構われることがあまり好きではないのでいつも暴れて逃げ出すのだが、なすがままにリュウヘイに任せる。
今は、お互い誰かに甘えていたかったのかもしれない。

次に白猫に会ったとき、白猫は自分のことを覚えてないかもしれない。それでも、今度こそ守ってあげようと心に誓うのだった。



たくみとこのみ



たくみとこのみは家が隣同士の幼なじみである。
なので、登校と下校のときは必然的に一緒になるわけ だが、10歳になるたくみはいい加減『いつも一緒』というこの状況が気恥ずかしく感じられてしまう。自然と、このみと距離をとるように少し早足で歩いてしまう。
このみは置いてかれるまいとして、小走りでついていくが、距離が離れてしまってついたくみの裾にすがりつく。
「・・・オイつかむな」
とたんにたくみは嫌そうに身をひねる。
「だって、たっくん歩くの早いんだもん」
おいつけないよ、と拗ねたように言う。
「・・・別に無理して一緒に歩かなくていいだろ、離せ」
「え〜やだ」
振りほどかれまいとして、慌ててくっつく。
「あっそおだ!そしたら手つないで行こっ、ね」
いい考え、という風に得意になって手を差し出す。
だけどたくみはこういうことを人前でやることは冗談でも苦手で、こ のみからキスされたときなど、照れ隠しに思わず頭をはたいてしまうのだ。今回も殴られると思ったこのみは、とっさに頭を隠して衝撃に備えるが、予想に反していつまで待っても来ない。このみはそろそろと目を開けてたくみの様子を伺うと、たくみは顔を赤くしてこのみに手を差し出している。
「あ、あれ?たっくん?」
「ほら」
と、たくみからさっさと手をつないで歩き出す。たくみから手をつないできてくれることなど初めてで、このみはうれしいような、恥ずかしいような、そんな気持ちがごちゃ混ぜになって混乱する。
「・・・たっくん何かあった?」
そう聞かずにはいられない。
「別に。手ぇつないだほうがマシだと思っただけだ」
そう言って、まっすぐ前を見て歩くが、たくみは耳まで赤くして照れている。
おまけに歩くスピードまで自分に合わせてくれていることに気づいて、このみは感激して、たくみと繋いでいた手をギュウッと掴む。
「えへへ、うれしいなあ」
笑顔が自然とこぼれてしまう。
「・・・あんまりくっつくんじゃねーよ」
冷たくあしらおうとするが、それはもう照れ隠しにしていることだとこのみにはバレているので、このみはますます嬉しくなってしまい思わずいらない事を言ってしまう。
「うれしいなぁ。そおだ、いそらちゃんたちに自慢しちゃおう!!」
それを聞いて、たくみは今度こそ照れてこのみの頭をはたく。



ハル



生徒会室でキセツ、いそら、かなた、このみが集まってお茶会を開いている。
『男子禁制』と、キセツはクオンを追い出したが、生徒会の仕事が残っているハル はその場に残っていた。キセツたちもハルなら別に自分たちの話を風聞するわけでもないだろうし、だいいち興味が無いだろうということで、いないものとして女の子話に盛り上がっていた。
年頃の女の子たちが集まれば、決まって話は興味のある男の子の話になる
いろいろ自分の理想の男の子について例を挙げている。
その中で、ハルは気にかかることがあった。キセツが挙げたもので
「やっぱり一緒にいて楽しい人がいいわよね。話が合う人とか」
これにはほかの女の子たちもみんな賛同していた。
それを聞いて考え込むハル。話すことが苦手で、言葉数が少ないと自覚している自分は、やすしを楽しませているのか・・・・・・?気になりだしたら止まらなくなり、昼休み、2人になったのを機にやすしに聞いてみることにした。
「やすし・・・」
「なに?」
話そうとしたが、うまく言葉がまとまらない。楽しませようと思っても気のきいた話は思いつかない。
そんな自分が情けなくなり、ため息をつく。
「・・・俺と一緒にいて楽しいか?」
やっとそれだけ言う。だがそれはハルの本心でもある。
「何?いきなり・・・」
わけがわからないながらも、やすしも一生懸命言葉を探す。
「・・・楽しいとかは別として、オレはハルと一緒にいると落ち着くよ?」
反応の無いハルに慌てる。
「ほら、オレって話すのあんまり上手くないから、黙ってても一緒にいてくれるのがすごい楽で・・・うわっ」
ハルはやすしの髪をぐしゃぐしゃとなでる。感情の起伏に乏しいハルは、いま自分に溢れている気持 ちが『うれしい』ということに気づかない。ただ、衝動のままやすしの頭をなで続ける。
何とかやめさせようと、悪戦苦闘していたやすしには聞こえなかっただろうが、ハルは
「・・・ありがとう」
と、小声でささやいたのだった。



ハル、改善法



 証言@たまじ
「はやての所に行こうと思って、急いでたら廊下は走るなって怒られたの・・・怖かったよぉ怖かったよぉ・・・」

 証言Aたくみ
「・・・なんか、気づいたらそばにいて睨んでたな。なんだあれ?」

 証言Bまほろ
「やすしと混じってダベってるといつの間にかいるんだよな。そんでこっちのことすっげー目で睨んでくんの。近づくなってことなんだろーけど、びびるよな」

 証言Cキセツ
「もー!信じられない!!あいつ、か弱い女の子にでも容赦ないのよ!あ、でもその分やすしに見つかって散々怒られてるんだからいい気味よね」

・・・などなど。これらの証言をまとめてみると、ひとつの結論が出てくる。
つまり、《ハルはみんなから怖がられている》ということだ。これに気づいたやすしはショックを受ける。今までハルをそんな風に見たことなど無かったからだ。

昼休みはだいたい教室でみんなといるが、ハルが生徒会の仕事が無いときなどは、生徒会室に顔を出して一緒にいることも多い。この日もお弁当をハルと一緒に食べた後、生徒会室に残っていた。
『・・・どこが怖いんだ?失礼だよな』
「やすし?」
知らずに睨むようにハルを見ていたらしい。やすしはそれにはかまわず、ハルをしゃがませる。そうして目線が合う高さになり、ハルの髪をいじったりしていろいろ試してみる。
『やっぱ、前髪長すぎるんじゃねえのかな。でもこっちのほうが似合ってるし・・・』
そうしてぺたぺたとさわっていたがふと、やすしは我に返る。
今は生徒会室に2人きり。
しかも自分からこんなにハルに密着してしまっている。
ハルの顔に手を添えて、これではまるで誘っているようだ、と焦る。
はっきり言ってヤバ過ぎる。
「あ・・・あは・・・は・・・・・・」
ごまかすように目線をそらして手を引くが、ハルがこのままで済ますはずが無い。
しっかり手を押さえられ、逃げられない。
「あはは・・・」
すっかり泣き笑いになるやすしに、ハルも今まで見せたことの無いようなとびっきりの笑顔を見せる。


暗転。


昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った頃、やすしは教室に戻ってきた。
どことなく憔悴しきっっていて、
「どうしたの?大丈夫?」
などと、いそらたちに心配される。
それにやすしは力なく答えて、やっぱりハルは怖いかも・・・と、思うのだった。



花飾り

キセツが花飾りを作ってきた。
造花で作られたものだが、本物のように可愛らしい。それをたまじのさらさらとした髪に飾り付けて喜んでいる。
「いやーーんっやっぱりたまじにぴったり!可愛いわよ」
普段から女の子に間違われやすいたまじは、“可愛い”と言われても素直に喜べない。
「はやてどお?」
そういってはやてを見上げる。はやてが似合わないと言えば取ってもらおうと思ったが、はやてはたまじを抱き上げて、いいんじゃねえか、と適当に答える。だがそれでもたまじにはうれしく感じられて、うれしそうにはやてに頭をこすり付ける。
「まったく、結局はやてに取られちゃうのよね」
別にはやてのためにやったわけではない。そうキセツは憤慨する。
八つ当たりに、やすしを迎えに保健室に顔を出していたハルにも花飾りを飾り付けてしまう。その手際のよさに、ハルが抵抗する間もない。
「どれどれー」
興味本位でやったが、仕上がりはどんなものか。ハルの前に回りこみ覗き込む。だがその瞬間、キセツは固まってしまう。
「か、、、、可愛くない!!全っ然可愛くないわ!!」
いやああ!!と嫌がるキセツ。勝手にやられて勝手に嫌がられてはハルでなくても怒るだろう。はやてにも馬鹿にされて、本気でキセツを怒鳴りつけようとした時、隣から熱い視線を感じて横を向く。
「・・・可愛い」
そう呟いたのはやすしだった。その場にいた一同はいっせいに固まる。だがやすしは目をキラキラさせて、しきりに可愛い可愛いと繰り返す。どうやらやすしのツボに入ったようだ。
「やすしに気に入られて良かったわね」
笑いを堪えながらキセツに言われ、ハルはやってられるかと、花飾りをむしり取る。それを見たやすしは慌ててハルから花飾りを取り上げる。
「なんてことすんだよっ」
珍しくやすしは怒ってハルの後ろに回りこみ、自分でまたハルに花飾りを取り付けてしまう。どうやら相当気に入ってしまったようだ。
そんな2人のやりとりをキセツたちは笑う。
「いいわよ。やすしにその飾りあげる」
「ホント?・・・ありがとう」
本当にうれしそうにするものだからキセツもうれしくなってしまう。
これに困ったのはハルで、やすしが喜ぶことはもちろんしてあげたいが、自分が 笑いものになるのは勘弁してほしい。今もはやてにニヤニヤ笑われてしまっているし 、これからも笑いの種にされてしまうだろう。
ハルが深くため息をついたことをやすしは知らない。



微笑ましい



「お前さあ、あんな奴のどこがいいんだ?」
たまじとじゃれているタイガをはやては恨めしそうに見やって、一緒に来 ていたリュウヘイに聞く。とくに公言されていたわけではないが、リュウヘイがタイガのことを好きなのだと気づいていた。だから尚更不思議に思っている。リュウヘイなら普通にそこら辺の女子と付き合うこともできるだろう。
「あんな可愛げもクソもねえ奴のどこがいいんだか」
それを聞いて、リュウヘイは不思議そうにはやてを見る。
「?可愛いじゃないですか」
さらっと言ってのける。
「だからどこが?俺にはぜんっぜん理解できねーんだけど!?」
「ふうん・・・。先生は俺と好みが合うと思ってたんで警戒してたんですけど」
そう前置く。一緒にすんなとはやては嫌そうにする。
「・・・そうですね・・・強いて挙げるなら」
タイガを見てニッコリと笑う。
「バカな子ほど可愛いってやつですかね」
「ああ・・・。まあそれならわかる」
たまじの単純ぶりが楽しくて、ついついはや ては苛めてしまうのだ。たまじの泣き顔を思い出して、口元で笑う。
「そうでしょう」
リュウヘイもタイガを眺めて微笑む。ころころと表情を変えて一喜一憂するさまは見ていて飽きない。

タイガは何か視線を感じて振り向くと、リュウヘイとはやてが2人をずっと見ている事に気づいた。ただ見ているだけでなく、傍から見たら少し異常な光景だった。
「な、何であいつらすっげー微笑ましそうにこっち見てんだ・・・」
タイガは全身あわ立たせる。それはさながら、わが子を見る母親のような慈愛に満ちていた。
はっきり言ってとても怖い。
「タイガどーしたの?」
たまじだけはそれに気づかず、固まってしまっているタイガを不思議そうに見る。



服装検査の日



いそらは最近、まほろの服装を気にしていた。
初めの頃はキチンと指定されたズボンにセーターを着て登校していたものだが、最近ではほとんどジャージを着て登校している。いそらたちの通う学校は生徒の自主性を尊重しているのか、あまり校則には厳しくない。だからといってこのままにしておいていいものか悩んでいた。
姉として1つ注意しておかなくては。
いそらはいつものようにジャージで登校しようと、玄関で靴を履いているまほろを呼び止める。
「まほろちょっと話があるんだけど」
「んあ?」
まほろは首だけ振り返って見上げてくる。
「最近ずっと制服着てないわよね。だめよ、ちゃんと校則にもあるんだから」
「あー・・・今度着る」
そう返事が返ってくるが、適当に言っているのはありありとわかる。これ以上言われ無いようにか、まほろはいそらを促して、さっさと家を出る。
学校に向かう道すがら、じっと睨み続けるいそらを目線を逸らすことで制服の話題から逃げる。なので、先を歩くたまじとやすしを見つけたときは心底ほっとする。
「あれ?いそらどーしたの?」
敏感なたまじはいそらの不機嫌に気づき、窺う。このときばかりはまほろも余計なことを、と思ったがもう遅い。いそらは朝の成り行きを2人に聞かせ、またまほろを睨む。
「んなこと言ったってよ、ジャージのほうが楽なんだし、今まで誰にも怒られたことないんだから問題ねーよ」
まほろは同意を求めるが、いい返事は返ってこない。ふと、たまじの制服に目を留める。たまじのズボンはみんなと 仕様が変わっていて、半ズボンになっている。おまけに何故かルーズソックスを履いているのだ。
「だいたい、たまじだってそれ校則違反なんじゃねーの?」
「ふえ?」
自分が引き合いに出されて驚く。いそらも言われて意識する。何の違和感もなく着ていたので、気にしたことがなかった。
「そういえば、たまじそのズボンどうしたの?支給されてるものじゃないよね」
「これね、はやてがくれたんだよ。こっちのほうが似合うからって」
えへへ、と嬉しそうに言われてしまってはこれ以上言葉が見つからない。幸せそうなたまじに少しだけやすしは眉を寄せる。
はやてはこうしてよく自分の気に入った洋服をたまじのために用意することがある。このズボンは、はやてがキセツに裾上げさせて作ったものだ。はやてが喜んでくれるなら・・・と、たまじはうれしそうに着ている。
これを聞いて、まほろは得意そうにいそらを振り返る。
「な?俺だけじゃねーだろ。たまじだって同じで文句言われ たことねーんだから。だいたい保健医が用意してんだぜ」
そう言われてしまっては言葉に詰まるが、ここで引くわけには いかない。いそらはまほろが忘れているであろう1枚のプリントをかばんから取り出す。
「これ見て。今日は登校時に服装検査があるのよ。忘れてるでしょ?」
まほろはポカンと石のように固まってしまう。その様子にいそらはため息をつく。
「やっぱり忘れてる・・・もう」
「なっ、なんだよそれ!聞いてねーぞ!!」
慌てていそらからプリントを奪い取る。見ると、 確かに今日の日付けで、風紀委員によって服装検査が行われるとある。
「・・・・・・・いそら教えろよー」
「自業自得でしょ。私はちゃんと注意したもの」
がっくりと肩を落とすまほろ。
そんな様子を見ていたたまじもとた んに不安になってしまう。
「ね、やすしボクも怒られちゃうのかな・・・」
そう聞かれてもやすしは返事に困る。制服を改造して 着ているということできっと怒られてしまうだろう。返事のないことでますます不安になり涙ぐんでくる。
「ふええっ怒られるのヤダ・・・誰が検査するのかな?はやてがいいー・・・・」
「保健の先生がいる可能性はあるよね。あと気になるのは《風紀委員》の人たちだけど・・・」
まほろはともかく、たまじをなだめる為にはやての名前を出してあげるが確証はない。
「保険医がいれば気は楽なんだけどな。風紀委員ってどんな奴がいるんだ?」
いそらもまほろも風紀委員を見たことがない。顔を見合わせ、首をかしげる。
「あ・・・・・・」
そんな中、やすしが思い出したように声を出す。
「やすし?」
「お前なんか知ってんのかよ?」
聞かれるが、なんでもないとだけ言っ て目線をそらす。少し顔を赤くしたことに、いそらは不思議になる。

やすしが赤くなった理由はすぐにわかることになる。
校門の前には不機嫌な顔をしたハルが立っている。傍から 見てわかるほど、苛ついているのが伝わってくる。
「・・・風紀委員ってあいつかよ」
苦手にしているまほろは思わず身構える。たまじはすでに泣き出してしまっている。
「ハルさんて、生徒会長だけじゃなくて風紀委員までやってるのね。すごいなぁ」
「あ・・・うん・・・・・・まあ」
素直に感嘆するいそらに、何故かやすしが顔を赤くする。
ハルは特に生徒を見るわけでも注意するわけでもなく、ただ立 っている。まじめにやる気が無いのを見て、まほろは安心して校門へ向かう。たまじはそれでも不安なのか、まほろにギュウッとしがみついている。
「・・・・・・おい」
無事に前を通り過ぎようとしたとき、ハルに声をかけられる。たまじとまほろはそろって身をすくませ緊張する。だがハルが声をかけたのはやすしにで、やすしのワイシャツに目をとめ、開いていたボタンを首元まできっちり留めようとする。これに慌てたのはやすしだ。
「わっ!ちょっ・・・ハルっ」
「・・・ちゃんと留めておけと前にも言っただろ」
やすしは首元まで絞まる服は苦手で、よく第2ボタンまで外してはハルに注意される。やすしの肌が誰かの目に触れるのが我慢できないのだ。
ハルの気持ちはわかってはいるが、みんなの前で1人だけ注意されているのは恥ずかしすぎる。しかも直々に直してもらっているなんて、やすしには耐えられず、必死で抵抗しようとするが、ハルの力には適わない。
ハルの注意がやすしに向いたのを見て、ここぞとばかりにたまじははやての元に駆け出していく。
「オレたちも行こうぜ」
「・・・でも、やすし置いて行っちゃって大丈夫かしら?」
心配そうに見ているが、まだ2人のやりとりは続きそうだ。まほろはさっさと校舎に向かう。
「いつものことだろ。予鈴がなればいい加減やめんだろ」
「・・・うん」
後ろ髪を引かれながら、いそらも後に続く。
下駄箱に着いた時、いそらはついっとまほろのジャージの裾を掴む。
「・・・なんだよ?」
「今日はたまたま怒られなかったかもしれないけど、明日はちゃんと制服着てきなさいよ」
またその話しか、とまほろは無視して靴を履き替えようとするが、いそらはまだ裾を掴んだまま だ。これでは引っ張られて脱いだ靴が取れない。いそらがここまでこだわるのは珍しいことで、仕方なくまほろはいそらと向き合う。
「明日は着てくるって」
「・・・本当よ?」
まだ疑わしそうに念押しするいそらにため息をこぼす。
「いそらちょっとしつこくねーか?着てくって言ってんだから信じろよ」
知らずに口調も厳しいものになってしまう。いつもなら逆に怒られる所だが、 今日は顔をうつむかせて黙ってしまう。まさか泣かせてしまったんじゃないかと不安になったが、いそらは泣いたわけではなかった。
「・・・心配してるの。まほろが、怒られるんじゃないかって」
それだけ言って、いそらは掴んでいた手を離し、靴を履き替え先に行ってしまう。
後に残されたまほろは、そのままいそらを見送る。なんともやるせない気持ちだけが残った。
「・・・ま、たまには姉ちゃんの言うことは聞かねーとな」
頭を掻き、まほろも靴を履き替えいそらの待つ教室へと向かう。



服装検査の日2



服装検査のあったその日、かなたの方でもちょっとしたトラブルがあった。
「か、かなたちゃん、ちょっとスカート短すぎない?」
このみはかなたのスカートの丈を見て驚く。いつも短いほうだと思っていたが 、今日はなんだかより一層短く感じられる。だが、言われてもかなたは大して気にする様子もない。
「そうかな。いつもと変わらないと思うけど」
「ううん、絶対短いよ」
かなたはスカートの下にスパッツを穿いているので下着が見えることはないが、それでもスカートが簡単にめくれてしまうという状況は如何なものかとこのみは心配する。
「でもさー、私スカートって好きじゃないんだよね。できれば穿いてきたくないし。それにこの下もちゃんと穿いてるから大丈夫だよ」
そう言ってかなたはスカートの裾を持ってめくってみせる。このみは大慌てでやめさせようとする。
「かなたちゃん!!女の子なんだからそんなことしちゃだめっ」
教室には男子生徒だっている。あまりに無防備なかなたに泣きたくなってしまう。しかもかなたはぜんぜん気にしないのだ。
「かなたおはよう。このみも」
ちょうどそのとき、あおいが登校してきた。
かなたの行動にてっきり怒るものと思っていたが、いつもと変わらず笑顔の様子にこのみは肩透かしを食らう。だが、それは表面上のことだけで、あおいの内心は大変憤っていた。
「ああそうだ、かなた」
「なに?」
「今度またはしゃいだら怒るから、オレ」
気をつけてね、そう念押ししておくことを忘れない。終始笑顔なところがかえ って怖い。かなたはわけがわからずこのみに助けを求める。
「え?え?私なんかした?」
「したよーかなたちゃん」
しょうがない、とこのみはかなたのスカートの丈を元に戻してあげる。かなたは嫌が るが、あおいを引き合いに出されれば従うほかない。
「でもいいよね。かなたはあおいクンにすっっごく気にか けてもらえるんだもん。うらやましいな」
「そ、そーかな・・・」
かなたは照れる。実際、気にしてもらえるのはすごくうれしい。
「私もたっくんに気にかけてもらいたいなー。いっつも私が追いかけ てばかりだもん。なのにたっくん待っててくれるわけじゃないし」
このみはそうため息をつく。
「・・・でも、あおいの相手するのもなかなか大変だよ」
あおい本人に聞かれては大変なので、小声で話す。
「何かしようとすると必ず制限してくるし。今もスカートの長さで色々言われるしさ」
「スカートはかなたちゃんが気にしたほうがいいと思うけど・・・。制限って、独占したい ってことでしょ?それって良いじゃない。私もたっくんに独占されたいなー」
かなたは信じられない、という風にこのみを見る。
「このみはそーゆうのがいいんだ。私は嫌。あおいとは いつでも対等にいたいし、だから負けないんだ」
そう言ってかなたは元に戻したスカートを折ってまた短くしてしまう。
「あーー!!もお、かなたちゃんってば」
このみは呆れる。これであおいに嫌われてしまったらどうするんだろう、と心配してしまう。
「かなたのそーゆうところ、オレは好きだけどね」
このみの心の声に答えるように、いつの間にかそばにいたあおいは微笑む。
かなたはどうだ、と言わんばかりに自分の主張を通す。
「こっちの方が私には合ってると思うんだよね」
「まあ、確かに」
あおいもクスッと笑うだけで否定はしない。
「それでもいいよ、かなたの好きにして。別に無茶しなければ」
「・・・なんだそれ。何かあおいキモチワルイよ」
なんだか子ども扱いされたようで、かなたはムッとする。
「んー、そうだな。なんていうか・・・今日はなんだか、かなたをすごく甘やかしたい気分なんだよね」
そう言って、かなたの頭をなでてあげる。だがかなたは馬鹿にされたと思い、怒って自分の席に戻ってしまう。
「あおいクン意地悪だねー。わざとかなたちゃんのこと怒らせたんでしょう?」
「やっぱりわかるかな?」
このみにだって分かるくらい、あからさまだ。
あおいはかなたを眺めて、より一層、うれしそうに微笑む。
「ホントはまださっきのこと怒ってるんだから、これぐらいのことは勘弁してもらわないとね」
「・・・あおいクン、やっぱり独占欲強いんだねー。すごーい」
このみはしきりに感動する。
「やっぱりって、好きなんだから当たり前でしょ」
あおいもしれっと答える。